名古屋高等裁判所 昭和58年(行コ)15号 判決 1986年7月17日
控訴人 伊藤光好
右訴訟代理人弁護士 土川修三
同 大塩量明
同 南谷幸久
同 南谷信子
被控訴人 森島輝雄
右訴訟代理人弁護士 在間正史
同 平野博史
同 水谷博昭
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 控訴人は、「(一) 原判決を取り消す。(二) (本案前の申立として) 本件訴を却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。(三) (本案に対する申立として) 被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文と同旨の判決を求めた。
二 当事者の主張及び証拠関係は、次に訂正、付加するほかは、原判決事実摘示及び当審訴訟記録中の証拠に関する目録記載のとおりであるから、これを引用する。
(訂正)
原判決二枚目裏四行目の「二八四条」の次に「一項」を、一〇行目冒頭に「昭和五四年九月二八日」を各加え、同三枚目表二行目冒頭の「払うための」を「払うため、同年一二月二五日」に、三行目の「昭和五四年九月二八日」を「同年一二月二八日」にそれぞれ改める。
(控訴人の付加した主張)
1 従前の本案前の主張の補足
(一) 特別地方公共団体のうちの一部事務組合は、文字通り一部の事務を共同処理するために設立されるのであって、その実質は公共組合と異ならない。そして、公共組合には地方自治法上の直接請求、監査請求、住民訴訟の規定の適用はないと解されているから、一部事務組合には、住民訴訟の適用はないといわなければならない。
(二) 仮に、一部事務組合に住民訴訟の規定の適用があるとしても、その構成員である普通地方公共団体のそのまた構成員たる住民が住民訴訟を提起できるとする解釈は、民法上の債権者代位権のような制度を行政法規たる地方自治法上も容認することになり、不当である。住民訴訟を納税者訴訟と解するならば、本件の場合、訴外組合に対して公租公課に当る負担金を納付しているものは、その構成員である普通地方公共団体としての海津町と平田町であるから、原告適格を有するものも、右納付者たる両町(具体的にはその代表者)と解すべきである。
2 新たな本案前の主張
普通地方公共団体はもとより、特別地方公共団体についても、その長を含む出納職員等の支出負担行為、支出命令等に起因する損害賠償請求は、地方自治法二四三条の二所定の手続によってのみ行われるべきであって、これとは別に、住民が民法及び地方自治法二四二条の二第一項四号の規定に基づき、右公共団体に代位して、右長ら個人に対して損害賠償請求訴訟を提起することは許されない。本件訴は、訴外組合の管理者である控訴人の金員支出の違法を理由に、訴外組合に代位して、控訴人にその損害賠償義務の履行を求めるものであるから、不適法として却下を免れない。
3 本案についての補足主張
(一)(1) 訴外組合を構成する海津町と平田町は、昭和五一年ころから同五四年ころにかけて、長良川河口堰(以下単に「河口堰」ともいう。)設置計画に伴う長良川の堤防強化計画、特に塩水遡上に対する諸方策及び河川の浚渫により堤防の被る諸影響を検討し、これらのためにされようとする諸施策の適否について、水資源開発公団(以下単に「公団」ともいう。)、建設省及び岐阜県当局と徹底して討議し、不十分な点があれば、設計の是正、変更を求め、また、これら国及び県の計画を地域住民に周知、納得させる必要があった。そのため、訴外組合では、河口堰建設に関する要望事項とこれに関連する高須輪中総合整備事業について、建設省、水資源開発公団、岐阜県開発企業局、その他岐阜県知事部局の関係機関との協議が日夜重ねられており、殊に、昭和五三年九月九日海津、平田両町議会において県に対する要望決議があり、同年九月一八日には岐阜県知事に対し要望書が提出された。こうした事態を踏まえて、訴外組合は、治水対策の万全を期するため、昭和五四年九月二八日午後五時、岐阜県関係者を萬松館に迎えて、約二時間にわたり要望事項を説明するとともに、その善処方を求め、引き続き意思の疎通を目的として、夕食を兼ねた懇談を行ったのが本件宴会である。
(2) 本件宴会は、岐阜県側から、知事、土木部長、岐阜県開発企業局長、同次長外二名の職員、訴外組合側から海津町長を兼務する控訴人、平田町長、県議会議員(松永清蔵)、海津町議会議長、平田町議会議長、訴外組合議会議長、同副議長の一三名が参加して行われたもので、費用の内訳は次のとおりである。
料理代 七万八〇〇〇円(六〇〇〇円宛一三人分)
席料 六五〇〇円
飲物代 二万八〇〇〇円
運転手食事代 四〇〇〇円(二〇〇〇円宛二人分)
芸妓花代 九万五一二〇円(出席芸妓四名)
たばこ代 一九二〇円
車代 八二〇〇円
奉仕料 一万七四七五円
料理飲食等消費税 一万三三九七円
バー代立替 四万二三六〇円
以上合計 二九万四九七二円
なお、このうちのバー代は、同席した岐阜県の下級職員が上司との堅苦しい宴席から解放されたのちに、二次会としてバーへ流れ込んだ費用と思料され、放置もできずに支払ったものである。
(3) 右のような夜間の会合とそれに続く懇談と食事の席を設けることは、いずれの社会でも行われていることで、殊に知事、部長といった繁忙をきわめる行政職と重要事項について十分時間をかけて討議し、要望するためにはやむをえないことである。そして、こうした会合を設営することが住民の福祉に関わる重要事とするならば、町村当局者としてはこれを行わざるをえず、それが住民の利益につながるものであれば、そのための経費は当然当該地方公共団体の費用から支弁すべきものである。また、この種の会合において、芸妓を交えた宴会であれば常に儀礼的接待の範囲を逸脱した支出であるとする見解は狭きにすぎる。本件宴会における芸妓は四名で、一三名の客に対して常識的な人数であり、ぜいたくとか遊興的な雰囲気を帯びるものではない。むしろ、知事、部長といった高級行政職に対する夜間にまで及んだ接待としては、社会通念上も相当として認容されるものである。そして、これを行いこれを支弁することは、地域の水防行政の執行担当者として、住民の付託を受けた控訴人の裁量行為に属する事柄である。
(4) 仮に、芸妓を交えた接待が許されないとしても、本件支出金の内訳に即して不当のものと相当のものとを区分して、不相当なものについてのみ損害金として算定すべきであり、本件支出命令のすべてが違法であるということはできない。
(二) 後記被控訴人の主張に対する反論
河口堰設置に伴う排水対策工事や排水管理、用水対策は、単にそれのみの工事では十全に目的を達することができず、併せて道路、橋梁、水路の改良、整備、農地のほ場整備等の土地改良事業をも要するものであるが、この土地改良事業の所管庁は農林水産省である。そこで国土庁水資源局長から農林水産省へ要請があり、建設、農林水産両省協調のもとに整備事業が行われることになった。したがって、ここで行われる土地改良事業は、河口堰が設置されなければ強いて必要のないもので(高須輪中のほ場整備は既に以前にも行われている。)、河口堰の影響に対する補償工事等の補完的事業と地域開発を兼ねて行われるものである。建設省も農林水産省も、いずれも国の施策を遂行する官庁で、所管が関連するときは両者の協調のもとに事業を行うのが当然である。そして、一つの所管の工事と他の所管の工事を併合施行すれば、重複する部分が排除されて双方の負担が合理的に軽減される関係にあり、その観点から地元負担金の軽減等もおこりうるにすぎない。河口堰設置に伴う排水対策工事、排水管理、用水管理等は、このようにして土地改良事業と併合して行われ、そのことにつき控訴人らは、知事や建設省に要求したものであり、被控訴人の主張するように、土地改良事業の地元負担金を軽減するために排水対策工事費等の水増しなどを要望する必要はなく、仮にそのような要望をしても実現しうるものでもない。
(被控訴人の付加した主張)
1 地方自治法二四三条の二第一項に定める「職員」には長等の執行機関は含まれず、長の損害賠償責任は、民法によって律せられるべきである。また、仮に、長の支出命令に関する損害賠償責任に地方自治法二四三条の二第一項が適用されるとしても、同条三項は、職員たる身分に基礎をおくいわば内部的監査に関する規定であるから、住民が住民監査請求、住民訴訟によって同条一項の責任を追及する場合には適用をみないものと解すべきである。被控訴人は、主位的に民法六四四条、四一五条、七〇九条により、予備的に地方自治法二四三条の二第一項により、訴外組合の控訴人に対する損害賠償請求権を同法二四二条の二第一項四号に基づき行使するものである。
2(一) 控訴人の前記主張3(一)(1)のうち、海津町及び平田町が昭和五一年ころから同五四年ころにかけて、河口堰設置計画に伴い堤防の被る諸影響を検討し、そのためにされようとしている諸施策の適否について公団、建設省及び岐阜県当局と十分に討議し、また、これら国及び県の計画を地域住民に周知、納得させる必要があったこと、そのために訴外組合では頻々として国、県の担当者や地域住民と会合を開く必要があったこと、昭和五四年九月二八日に萬松館で会合があったことは認めるが、その余の事実は否認する。同3(一)(2)の事実については、バー代立替のうち立替の点を否認し、その余の事実は認める。同3(一)(3)、(4)の各主張は争う。
(二)(1) 海津町と平田町の行政区域は、長良川、揖斐川、大榑川に囲まれた地域で、高須輪中を成している。河口堰が設置されると、長良川の水位が常時T・P一・三メートルとなるため、高須輪中は、長良川からの漏水が増大し、堤防の危険、湿地化等の被害が生じるので、その設置には高須輪中住民の同意若しくは了解を必要とするのは当然のことである。それゆえ、右計画において、長良川の水位変化による内水等の影響について十分配慮するとされ、また、岐阜県知事と公団との協定において、河口堰の本体工事の着手に当っては、高須輪中住民の了解を必要とするとされている。したがって、河口堰の建設については、高須輪中は同意・了解権者であって、陳情する側ではなく陳情される側である。
(2) 河口堰の事業実施計画が作成された翌年に当る昭和四九年、岐阜県は高須輪中地域開発事業計画を作成した。これは、河口堰が長良川の水位を常時ほぼ満潮位まで引き上げることになるため、この水位上昇対策(治水事業)を行うとともに、道路橋梁整備、農業基盤整備(土地改良事業)、治水公園整備等各種の開発整備を行うものであり、高須輪中総合整備計画ともいわれている。このうち、漏水対策、内水排除等の治水事業は、河口堰が設置されることによって必要となるものであって、河口堰設置の補償としての性格を有し、建設省又は公団により、直接又はその補償によって工事がされるものである。他方、土地改良事業等の地域開発計画は、河口堰が設置されることによって必要となったものではなく、農業基盤整備等の別の観点から実施される事業であって、建設省及び公団とは別の事業主体及び費用負担によって行われるものである。すなわち、土地改良事業の費用負担は、国、岐阜県及び地元(受益者たる耕作者又は市町村)の三者によってされ、例えば県営の場合は国四五パーセント、岐阜県三〇パーセント、地元受益者(耕作者)二五パーセントとされている。高須輪中の県営ほ場整備事業の場合、高須第一期(高須輪中海津町内長良川沿部分)の事業費は三七億五六〇〇万円で、このうち二五パーセントが地元受益者たる耕作者負担分であるから、地元受益者は、分割払でこれを支払うこととして、その支払額は一反当り一五万円となる(なお、同事業の高須第一期、第二期及び第三期を通じた総事業費は約一〇二億七八〇〇万円であるから、その二五パーセントに相当する約二五億七〇〇〇万円が地元負担分となり、地元耕作者は後記高須輪中土地改良区連合を通じてこれを県に納付しなければならないことになる。)。ところが、河口堰によって影響を受ける右高須第一期地区では地元耕作者の負担分はなく、高須第三期地区(高須輪中揖斐川沿)は、三万円のみの負担金で、残金一二万円は負担しなくてもよいとされている。
(3) 先に述べたように長良川の水位が常時T・P一・三メートルに上昇するため、高須輪中は長良川からの浸透水の増大により湿潤化し、土地の湿潤化による田の湿田化を防止するため内水の排水対策等が新たに必要となる。このように高須輪中の湿潤化で直接影響を受けるのは、耕作者農民であり、これを組合員とする水利団体たる土地改良区であるところ、高須輪中には海津町帆引新田土地改良区の外五つの土地改良区があり、これらが連合して高須輪中土地改良区連合(以下「改良区連合」という。)を組織しており、その理事長が海津郡選出の県議会議員松永清蔵である。右浸透水の排水対策工事は、岐阜県が施行する県営ほ場整備事業高須第一期と合併して行い、その総額九七億六〇〇万円のうち、公団が負担する排水対策工事分が五九億五〇〇〇万円、ほ場整備事業分が三七億五六〇〇万円である。そして公団は、右排水対策工事を直接実施せず、これを岐阜県に委託してその費用を支払う形を採用している。また、前記排水対策のうち排水管理及び用水対策は、改良区連合が実施し、その費用を公団が補償する形となっている。以上のように、排水対策工事及びほ場整備事業は、いずれも岐阜県が実施するものであって、公団及び土地改良区は金銭を納付するだけであるから、排水対策工事を真に必要な額以上に見積って計上すれば、ほ場整備事業の負担額は本来の負担額より少なくすむことになる。また、排水対策、用水対策の費用を真に必要な額以上に水増しして計上し、排水管理、用水対策補償金として公団が改良区連合に支払えば、同連合が岐阜県に納付する県営ほ場整備事業の地元負担金は、この水増分から補てんすることが可能となる。高須輪中の幹部は、公団によって補償される河口堰の排水対策、用水対策の費用を水増して、この水道分で県営ほ場整備事業の地元負担分を充当しようと画策するに至ったため、河口堰に対する同意・了解権者から一転して、この同意・了解権を盾にした陳情、お願いをする立場に変化したのである。しかしながら、そのような陳情を公団が簡単に了承するはずはなく、監督官庁である建設省の指示と承認、あるいは河口堰設置の可否に大きな力を持つ岐阜県の強い要求がなければ認められないことでもある。本件宴会は、高須輪中が知事その他の岐阜県幹部職員に対して、右のような陳情、お願いをして、その協力と援助を得るとともに、公式の会合では得られないような情報を交換することを目的として設営したものである。
(4) 知事等の県幹部職員がその職務に関し、内意を通じ要望を貫徹するためにされている高額な酒食の饗応を受けることは、涜職罪を構成することにもなりかねない。上級行政機関の公務員の故に、なおさらその職務に関し酒食の饗応を受けてはならないし、してはならないのである。上級行政機関に対する接待や官公庁間の接待及び贈答品の授受は行われるべきでないとする自治事務次官通知(昭和四三年二月、同五四年一一月二六日)は当然の理を確認したものにすぎない。本件のような酒宴が認められるならば、公費の乱費が認められるだけでなく、宴会行政がはびこることになり、行政及び公務員の公正さと民主性は歯止めを失い、行政は国民に対する福祉の公平な実現という目的を達成できなくなり、職務の公正に対する国民の信頼を失うことになる。
理由
一 本案前の申立に対する判断
1 一部事務組合については普通地方公共団体に関して定められた地方自治法(以下「法」という。)二四二条、二四二条の二の各規定の準用がないから本件訴は不適法であるとする控訴人の主張は、採用できない。その理由は、原判決九枚目表七行目から同一一枚目表六行目までの説示と同一であるから、これを引用する。ただし、同九枚目裏八行目及び同一〇枚目表一行目の各「二八四条」の次に各「一項」をそれぞれ加える。
2 次に控訴人は、地方公共団体の長を含む出納職員らの支出負担行為、支出命令等に起因する損害賠償請求は法二四三条の二所定の手続によるべきものであるから、住民が地方公共団体の有する請求権を代位行使することを認めた法二四二条の二第一項四号の規定に基づく本件訴は不適法である旨主張する。しかしながら、法二四三条の二の規定は、同条一項所定の職員の職務の特殊性に鑑み、同項所定の行為に関する限り、その損害賠償責任については民法の規定に基づく責任よりも責任発生の要件及び責任の範囲を同条一、二項に定めるところに限定することにより、職員の積極的な職務遂行に支障をなからしめるよう配慮する反面、右職員の行為により当該地方公共団体が損害を被った場合には、賠償命令という地方公共団体内部における簡便な責任追及の方法を設けることによって損害の補てんを迅速かつ容易にしようとした点にその特殊性を有するものにすぎない。そして、普通地方公共団体の長の職責並びに前記法二四三条の二の規定の趣旨及び内容に照らせば、同条一項所定の職員には当該地方公共団体の長は含まれず、普通地方公共団体の長の当該地方公共団体に対する賠償責任については民法の規定によるものと解するのが相当である。そうすると、地方公共団体の住民が当該地方公共団体の長の行為による損害の補てんを訴求する場合には、法二四二条の二第一項四号の規定に基づく損害補てんの代位請求訴訟を提起できることは当然であり、その場合法二四三条の二の規定を顧慮する必要はないといわなければならない(最高裁判所昭和五八年(行ツ)第一三二号同六一年二月二七日第一小法廷判決参照)。そして、この理は、一部事務組合の長(管理者)の行為による損害の補てんを求める本件訴訟についても妥当するものと解されるから、控訴人の前記主張は採ることができない。
二 本案に対する判断
1 請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがなく、予算科目(需要費)の性質、該予算科目に基づく具体的な支出決定についての裁量権とその違法性についての判断は、原判決一一枚目裏二行目から同一二枚目表末行までの説示と同一であるから、これを引用する。
2(一) 前記争いのない事実と、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。
(1) 訴外組合は、岐阜県海津郡海津町と同郡平田町が長良川右岸及び揖斐川左岸の水防並びに大榑川の堤防の管理に関する事務を共同処理するために設けた水防事務組合であり、控訴人は、昭和三八年四月に海津町長に就任して以来、訴外組合の管理者を兼務している。右三川で囲まれた区域は高須輪中と呼ばれる輪中を成している。
(2) 昭和四三年一〇月、木曽川水系水資源開発基本計画が決定され、その一環として長良川河口堰事業が公表されて以来、右事業が実施されると、長良川の水位が常時ほぼ満潮位まで引き上げられることになるため、漏水、破堤、堤内地の湿地化など種々の事象が生起することが懸念され、直接その影響を受ける立場にある高須輪中地区の住民の不安は大きかった。そこで岐阜県は、右地域住民の不安を解消するため、昭和四九年一〇月、「高度の水位上昇対策を推進するとともに、道路橋梁整備、農業基盤整備、治水公園整備等各種の開発整備を強化拡充することにより、高須輪中を魅力ある郷土として、住民が明るい期待を抱けるよう措置しつつ河口堰事業に取り組む」との趣旨のもとに、①治水事業(長良川堤防補強事業、長良川河道浚渫事業、高須輪中排水機設置事業、堤防漏水防止事業、承水路事業、河川改修事業)、②道路橋梁整備事業(橋梁架設事業、道路改良舗装事業)、③農業基盤整備事業(国営かんがい排水事業、農村基盤総合整備パイロット事業、国営附帯県営かんがい排水事業、県営ほ場整備事業、農免農道整備事業、団体営かんがい排水事業、団体営農道整備事業、団体営暗きょ排水事業、農村総合整備モデル事業)及び④治水公園整備事業等を組み込んだ高須輪中地域開発事業計画(甲第二四号証。別に「高須輪中地域整備計画」とも呼ばれる。以下、右事業を「輪中地域整備事業」といい、右計画を「輪中地域整備事業計画」という。)を策定した。
(3) 訴外組合は、こうした事態を踏まえて、特に昭和五一年ころから同五四年ころにかけて、河口堰設置に伴う影響を検討し、輪中地域整備事業計画に盛り込まれた各種事業計画等の諸施策について、建設省、公団及び岐阜県などの関係機関と頻繁に協議を重ね、あるいは陳情を行うなどしていた(昭和五一年ころから同五四年ころにかけて、海津、平田両町において河口堰設置計画に伴う堤防の諸影響を検討し、諸施策の適否について建設省、公団及び岐阜県当局と討議する必要があったことは当事者間に争いがない。)。昭和五四年九月二八日岐阜市内の料亭萬松館で開かれた被控訴人主張の本件宴会は、右の事情のもとで、輪中地域整備事業に関する要望と意思の疎通を図ることを目的に、訴外組合が岐阜県関係者を接待するために設営したものである。
以上のとおり認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。被控訴人は、前記県営ほ場整備事業における地元負担分に充当するため、右事業と併合施行されることになった排水対策工事費及び排水管理費用等について、これを真に必要な額以上に見積って水増して計上してもらうために、右接待がされた旨主張するけれども、右主張事実を認めるに足りる確たる証拠はない。
(二) 本件宴会の出席者及び費用の内訳が控訴人主張(当審における付加主張3(一)(2)。ただし、バー代立替とあるうち立替の点を除く。)のとおりであることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によると、右内訳のうちのバー代は、出席者の一部が宴会終了後引き続き二次会としてバーで遊興した費用であること、訴外組合は、このバー代について、費消した関係者からのちに徴収することのなかったことが認められる。
3 訴外組合も一個の社会的存在として、外部の者に対して儀礼上相当な接待をすることは許されるべきである。しかしながら、訴外組合は、私法人と異なり、一部事務組合であり、地方自治法に基づき県知事の許可を得て設立された地方公共団体を構成員とする公法人であり、接待のために要する費用が住民の公租公課によって賄われることに思いをいたすならば、その許容範囲がおのずから限定されることはもとより当然である。殊に、本件のように官公庁を相手とする事務折衝の際の接待は、接待を受ける者が公務員であり、本来公正に行われるべき行政事務遂行の過程でされるわけであるから、一層の制約があってしかるべきである。
叙上の観点よりみると、本件接待は、出席者一三名に対して、料理飲食料等(席料、たばこ代、車代、奉仕料、料理飲食消費税を含む。)一五万七四九二円のほかに、芸妓四名が同席しその花代として九万五一二〇円を費やし、更に右出席者の一部がバーで遊興した費用四万二三六〇円をも公費で負担したものであって、その内容において儀礼上相当な範囲を越え、社会通念上著しく妥当性を欠くものといわざるをえず、したがって、控訴人のした本件支出命令は、前示裁量権を逸脱した違法なものといわなければならない。そして、控訴人は、みずから本件宴会に出席してその内容を了知していたことは明らかであり、また、《証拠省略》によると、控訴人は、バーの費用についても、本件支出命令に当ってその事実を知っていたものと認めることができるから、敢えて本件支出を命じた控訴人には、訴外組合の管理者として要求される注意義務を欠くものとして、少なくとも過失があるといわなければならない。控訴人は、当時の訴外組合の置かれた立場、本件支出がされた経緯及び接待を受けた者の身分等を挙げてその行為の許されるべきことを主張するが、先に認定した、当時訴外組合が輪中地域整備事業計画等に関係して岐阜県当局と種々折衝しなければならない立場にあったこと、接待を受けた者に知事、土木部長ら県の幹部職員が含まれていることなどの事情は、未だ右結論を左右するものではなく、また、本件費用の内訳に即して不当なものと相当なものとを区分して、不当な分についてのみ訴外組合の損害金として認定すれば足り、全体を違法視することは不当である旨の控訴人の主張も、本件接待が同一の機会に行われたもので、その全体を違法な接待と評価すべきであるから、採用の限りでない。
4 そうすると控訴人は、違法な本件支出命令により訴外組合に対して、訴外組合が支出した前記二九万四九七二円相当の損害を与えたものというべく、訴外組合に対して右損害金とこれに対する訴状副本が控訴人に送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和五五年一一月二日以降支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
三 よって、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却し、控訴費用の負担につき行訴法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宇野榮一郎 裁判官 日髙乙彦 三宅俊一郎)